“歌うように弾く”とは具体的に何か
クラシックギターを学んでいると、「もっと歌って」と言われることがあると思います。
けれど、これは案外つかみどころのない言葉です。ギターで歌うとは何を指しているのか。
音量をつけることなのか、テンポを揺らすことなのか、それとも感情を込めることなのか——。
実は「歌うように弾く」というのは抽象的な精神論ではなく、いくつかの具体的な要素によって成り立っています。いくつかの要素をバランスよく使用し、声の模倣を行うことを指しています。
フレーズに“方向”を作る
歌が自然に聴こえる理由のひとつは、旋律に流れがあるからです。
良い歌は、一音ずつ独立して並んでいるのではなく、ある音へ向かって進み、そこで頂点を作り、自然に解放されていきます。
身体を使って歌う歌には歌詞や音の高さによって自然とダイナミクスや速度感の揺らぎ(テンポのことではない)が生まれます。
ギターでも同じです。
どの音がフレーズの頂点なのかを感じ、その音に向かって少しずつエネルギーを高めていく。頂点を過ぎたら力を抜いて収めていく。
この要素では主にダイナミクスと発音の速さなどのコントロールが重要です。
初歩的な例を挙げると、旋律が上行している際にはクレッシェンドをかけ頂点の音まで進める推進力を確保し、音高が上がるにつれて音の立ち上がりを早くするようなイメージです。
実際の歌では、高い音を出す際に息のスピードが上がっています。これを模倣するのです。
実践的なものになると、前後の楽想によって上行している際にもディミヌエンドを使用する(コロラトゥーラのようなイメージ)など、どのような表現を選択するかは無限にありますが、
意識を息のスピードに向けるだけで、単なる音の羅列だった旋律に“線”が生まれます。
「音を弾く」のではなく、「旋律を運ぶ」、「実際に歌うとしたらどんな息のスピードか」と考えると、歌う感覚に近づきます。
呼吸を感じる
歌には必ず呼吸があります。
人が歌うとき、すべての音を同じ密度でつなぐことはありません。フレーズの終わりには自然な収まりがあり、次の始まりには吸い込むような入りがあります。
これは人間の体という楽器の機能的な制限から生まれます。息継ぎが必要という制限です。
ギターでもこれを意識しなければなりません。
器楽的な楽想であれば無視する要素ですが、歌うように弾くことが求められる楽想では、人間の体の楽器としての制限をあえてギターでも演出するのです。
フレーズの切れ目でほんのわずかに間を演出
→実際の歌では次のフレーズを歌うためにどれくらいの息が必要なのか、その必要な息を吸うためにどれくらいの時間が必要なのかを考えましょう。ギターという楽器には必要のない間なのですが、この要素が旋律同士にキャラクターの差を生むのです。
終止音の長さをコントロール
→フレーズ最後の音に、もし歌詞がのっていたらどのようなものかを想像してみましょう。語勢は強いのか、シラブルはどのようになっているか等です。その表現に必要な息の量を使いきる為の時間を確保するのです。
次のフレーズの入り
→次のフレーズの為の息を確保したら今度はその息をどのように使っていくのかを考えましょう。
フレーズの序盤で惜しむことなく使っていく表現なのか、それとも少しずつ息が漏れ出すようなニュアンスなのかによって、フレーズの出だしの印象をコントロールしましょう。
この「呼吸の連続性」と「必要な息の量」を模倣することで、演奏を機械的なものから音楽的なものへ変えてくれます。
音を“発音”する
歌には子音と母音があります。
言葉は、立ち上がりだけで成立するのではなく、その後に響きが続くこと(母音の種類)で意味を持ちます。
ギターでも同じで、音を出す瞬間だけに意識があると音は硬く平面的になりがちです。
母音を演出する意識が大切です。
弾いた後、その音がどう伸び、どう消えていくかまで聴く。そして修正する意識です。
ここで使う具体的な要素はアーティキュレーションです。
中でもヴィブラートのコントロールに注意を向けましょう。
パッセージ中のほんの短い音にも細かなヴィブラートをかけるのです。そのヴィブラートの振幅や振動の速度をコントロールして各音それぞれにニュアンスをのせる(母音の違いによる響きの差の模倣)事が重要です。
アタックだけでなく響きを育てること。
これが旋律を“歌わせる””言葉のように聴かせる”重要な要素です。
音色を変える
人の声が言葉や感情によって色を変えるように、旋律も同じ音色で並べるだけでは単調になります。
右手の位置、タッチの角度、指の入り方で音色は大きく変わります。
柔らかくささやくような音。明るく前へ出る音。深く温かい音。
これらのニュアンスをグラデーションのように常時変化しながら選択していくことが大切です。
人の感情は常に変化していくことと同じです。
絶望的なニュアンスから喜びのニュアンスへ移行する際に急に音色を変えたのでは切り張りのような印象を持たせてしまいます。絶望から喜びに向かう際にはその”どちらでもないニュアンス”も必要になってきます。なので音色の変化にはシームレスにコントロールできるように耳の感覚を研ぎ澄ませましょう。
こうした色彩の変化は、旋律に表情を与えます。
歌うように弾くとは、音程だけでなく音色も重要な要素です。
ここでは歌の模倣と感情の模倣の両方をイメージしましょう。
時間をほんの少し揺らす(インターバルの模倣)
優れた歌唱は、完全に機械的なテンポではありません。
旋律には跳躍という要素があります。この表現には音と音との距離感をとらえることが必要です。
ギターという楽器は跳躍が得意すぎる特性があります。この特性が旋律の持つ自然な揺らぎを破壊してしまうのです。
大きく音が跳躍する際、人間の喉は跳躍の為の準備が必要です。跳躍先の音に狙いを定めているようなイメージです。
ですがギターでは簡単に跳躍が行えてしまうため、声では必要な準備のための時間をカットしてしまいがちです。
その間を演出してみましょう。
簡単に弾けてしまう跳躍に敢えて時間を使ってやることで、歌に必要な間を模倣するのです。
まず歌ってみる
ここまでできる限り文章での説明をしましたが、実際にはもっと単純です。
自分の声で歌ってみるのです。
そうしてみると、「歌ではこの跳躍時間掛かるな」、「ここ息足りないから前のブレスさらに大きく取らないと」、「ここは逆に息余るからさっきのブレスの間を詰めよう」等たくさんのことに気づくことが出来ます。
これによって得られた情報をギターでの演奏に落とし込むのです。
「歌う」とは、声の模倣
結局、「歌うように弾く」とはいかに声を模倣するかだと考えます。
そのためには、ギターで弾きやすいフレーズでも敢えて時間を使ったり、ギター演奏には必要ない息への意識をするなど、歌のイメージをはっきりとつかむことが重要です。
まとめて締めるのであれば、ギタリスティックにギターを弾かないことです。
